――パーソナル無線が終わり、今に残したもの
はじめに
パーソナル無線は、「誰でも使える通信」を本気で実装しようとした、きわめて野心的なシステムだった。
無資格、無試験。
年齢も性別も問わない。
同じ規格の無線機を持てば、誰でも声を電波に乗せることができた。
通信を、専門家や一部の愛好家のものから、日常へ引き下ろす。
その試みは、当時としては画期的だった。
自由が生んだ爆発的普及
「誰でも使える」という設計は、爆発的なユーザー増加を生んだ。
市場は潤い、パーソナル無線は一気に流行として社会に広がっていく。
しかし、その速度に受け入れる側の仕組みは追いついていなかった。
通話チャネルは当初79ch。
増波されても157chに過ぎない。
大都市では常に飽和し、「つながらない」こと自体が日常になっていった。
制度と現場のズレ
技術基準適合証明制度は、秩序と安全を守るために設けられていた。
だが現場では、「足りない」という感覚だけが積み上がっていく。
利用者は増え、使い方は多様化し、要求は先鋭化する。
一方で制度は固定的だった。
このズレは、やがて無視できない摩擦として現れる。
人が増えれば、問題も増える
ユーザーが増えれば、使い方も人それぞれになる。
好まれない使い方をする人。
距離感を測れない人。
衝突を起こす人。
自由に開かれた通信は、人間の差をそのまま露出させた。
当初、「混信しない」と説明されることもあったが、無線という仕組み上、それは成立しない幻想だった。
現実には混信が起き、それがユーザー同士のトラブルへと直結していく。
通信が加速させた人間関係
特に顕著だったのが、人間関係の問題だ。
女性が不特定多数用の群番号「00000」で呼びかければ、一気に人が集まる。
そこから実際に会い、交際が生まれ、やがて摩擦が生じる。
これは無線の種類の問題ではない。
開かれた通信空間に、人間関係を直接流し込んだ結果として、避けられなかった現象だった。
群番号という発明
こうした混雑の中で、利用者は自分たちで静かな場所を作り始める。
それが群番号だった。
群番号は、利用者自身が設定する非公開の番号で、同じ群番号同士だけが会話に参加できる。
ただし、群番号が異なっていても会話を聞くこと自体は可能だった。
群番号が制御していたのは「誰が参加できるか」であり、「誰が聞けるか」ではない。
聞こえるが、関われない心理
この設計は、非常に独特な心理状態を生んだ。
会話は聞こえる。
だが、関われない。
完全に遮断されているわけではないからこそ、人は外にいる感覚と、内に入りたい欲求を同時に抱く。
群番号は、完全な秘匿ではなく、参加権だけを制御する、きわめて早い段階のプライバシー設計だった。
分化とスペシャル仕様
混雑が進むにつれ、静かに話せる場所がより強く求められるようになる。
そこで登場したのが、スペシャル仕様だった。
無改造の無線機では、聞くことさえできない会話。
そこはある意味、本当の仲間内だけの居場所だった。
自由だった通信は、次第に分化していく。
なぜパーソナル無線は終わったのか
パーソナル無線は、失敗したから終わったのではない。
インターネット、携帯電話、スマートフォン。
より簡単で、より確実に、より個人的につながれる通信手段が次々と現れた。
加えて、流行に乗って始めた人々は、熱が冷めれば静かに離れていく。
それは流行文化として、ごく自然な終わり方だった。
何が残ったのか
パーソナル無線が残したのは、仕組みではない。
問いだ。
自由な通信は、どこまで許容されるべきか。
聞こえるが関われない距離は、人に何をもたらすのか。
つながりは、どこで区切られるべきなのか。
これらの問いは、今の通信にも形を変えて残っている。
おわりに
パーソナル無線は、一度、未来を先取りした通信だった。
自由を本気で実装したからこそ、その歪みも、摩擦も、人間の感情も、すべて可視化してしまった。
それは失敗ではない。
社会が次の通信へ進むために、一度通過しなければならなかった実験だった。
その痕跡は今も、私たちの通信の中に、確かに残っている。
